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消してはいけない「観念」とは


観念の中には「消してはいけない観念」というものもあるのではないでしょうか?
例えば「人を殺してはならない」とか「人のものを盗んではならない」とか…
「世の中にねばならないものは何もない」のだとすれば、
これらもやはり観念なのでしょうか?
たとえそうだとしても、これらは消してはならないもののように私には思えます。


これはDVDをご購入いただいた方からの質問です。
この方にはメールでお答えしたのですが、同じ疑問を持っている方
がいると思いますので、ここでシェアしたいと思います。

まずはじめにはっきりしておきたいのは

「観念」(思い込み)とは、文字通り「思いが作ったもの」だということです。
そもそも実体のない“幻”なんですね。

オギャーと生まれてきたときは誰でもが、観念ゼロ状態です。
まさに「本当の自分」そのものです。

そして最初に親の価値観を与えられ、そして学校の規則や先生の観念、
社会のモラルやルール、本やテレビなどからの様々な情報を受け取り
「自我」を形成していきます。

ふと気が付いたら「わたしは誰だっけ?」です。
そして大人になってから「自分探し」が始まります。

もうお気づきだと思いますが「本当の自分」は最初からいたわけです。
観念がないあなたが「本当の自分」ですから・・

「本当の自分」は、まったく無制限に人生を創造することができる存在です。
それを邪魔しているのが、自我(観念)というわけです。

さて質問いただいた「消してはいけない観念」ですが
もちろんそんなものは存在しません。


なぜなら、観念はそもそも実体がないからです。
最初から「ない」のですから、消すも消さないもないわけです。



でも「人を殺してはならない」はどうなるんだよ!
ですよね、ではなぜ「人が人を殺すのか?」を考えてみてください。

なぜなら、そこに「観念」があるからです。

良い悪い、正邪、損得、優劣・・・・
争いや犯罪の原因もやっぱり“観念”なんですね。

試しに、大声で「私は絶対に正しい!」と叫んでみてください。
必ず「いや私の方が絶対に正しい!」という人が現れます。

“正邪”は観念ですから、人の数だけ“正しさ”があります。
“正しさ”があるところに「争い」が生まれます。

世界中でいま起こっている戦争は、すべて観念が原因だと
いうことを知ってください。

逆に言うと「観念」がなければ、争う「原因」がありませんから
「結果」として戦争も犯罪も起こらないわけです。


・・・しなければいけない。
・・・してはいけない。
という観念が、逆に世の中を殺伐とさせています。

「正しさが正しくないものを生む」

まさに現実はパラドックス(逆説)なんですね。


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